†聖書からのメッセージ†
みなさん おはようございます。
聖書からのメッセージを書いていますので、良かったら ご覧になってください*
題《今、実現する“神の国”》
『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。』(聖書)
ユダヤ人の中で、律法を厳格に解釈し、できるだけ忠実に実行しようとしたパリサイ派の人々がいました。
彼らは、律法を実行することに固執するあまり、律法の元々の本質から離れてしまいました。
神様が、本来律法に込められた思いは、“神様を愛するため”、そして“人々が互いに愛し合うため”でありました。
ある時、パリサイ派の一人であったニコデモという人がイエスのもとをたずね、こう言いました。
「先生。私達は、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。
神がともにおられるのでなければ、あなたがたがなさるこのようなしるしは、だれも行うことができません。」
イエス様は答えられました。
「まことに、まことに、あなたに告げます。
人は新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
ニコデモはたずねました。「人は老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。
もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。」
イエス様は答えられました。「まことに、まことに、あなたに告げます。
人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。…」
ニコデモは、パリサイ派の人々の中で、割と高い地位を持っていたようです。
そのような人がイエス様のもとをたずねるということは異例だったようで、彼がイエス様のもとをたずねたのが夜であったのも、彼が人目を避けたかったゆえだったのかもしれません。
最初ニコデモは、イエス様のことを讃える内容のことを伝えましたが、イエス様の返答は彼にとって意表をつくものだったと思われます。
「まことに、まことに、あなたに告げます。
人は新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
“新しく生まれる”とは、イエス様による救いを受け入れて、新しく生まれ変わった人を意味しています。
この救いは、善行や律法を行うという条件によるのでなく、差別なく全ての人がただ信じることによって受けられる救いのことです。
ニコデモを始めとしてパリサイ派の人々は、厳格に律法の守っていくことによって、救いを受けられると考えていました。
それを全てご存知であったイエス様は、単刀直入に真理を伝えられました。
“新しく生まれる”ということは、イエス様による救いを受け入れるということです。
新しく生まれたクリスチャンには、死後 天国に迎え入れられるという約束が与えられます。
そして、この約束に加えて、私達は生きながらにして“神の国”を経験することができます。
イエス様が他の聖書箇所でこう言われています。
「神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」
私達が、神様の愛を受け、その愛によって生きていく時、そこはすでに“神の国”となっているのです。
イエス様が来られたのは、力や知恵によって世をおさめるためではなく、この愛による“神の国”を表すためでした。
このイエス様に信頼して生きる時、私達は世にいる間“神の国”を表すための役割が与えられ…そして最後には、イエス様が目に見える形でおられる天国に迎え入れられるのですね
『神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。
「そら、ここにある」とか「あそこにある」とか言えるようなものではありません。
…神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。』(聖書)